ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > つり橋上の列島
物理学者の寺田寅彦は、防災の大切さをことあるごとに説く警世家でもあった。1935年(昭和10年)に亡くなる直前、地震の研究に長くかかわってきた感想を、『災難雑考』と題して記している▼プレートがぶつかり合う位置にある列島の危うさを、寅彦は「日本の国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなもの」と例えた。そして「つり橋の鋼索が、あすにも断たれるかもしれないという、かなりな可能性を前に控えている」と警鐘を鳴らしている▼寅彦の時代にはなかった様々な人工物が、いま、不安定な「つり橋」の上にひしめいている。全国に55基を数える原発もそうだ。その一つ、東京電力柏崎刈羽発電所が、新潟県中越沖地震に揺さぶられ、多くの弱点があぶり出された▼そもそも建設の際、直下にある断層を見逃していたという。微量だが、放射能が海や大気中に漏れた。変圧器は黒煙を上げ、消せないまま燃え続けた。あわてた国の調べで、他の原発のお寒い防災体制も分かってきた。これでは55本の剣が、国民の頭上に、ゆらゆらつり下がっているようなものだ▼根拠のない「安全神話」が、原発にもあると聞く。様々な神話の数だけ、その崩壊する悲劇があった。ジャンボ機もかつては、まことしやかな「墜(お)ちない神話」に彩られた。22年前に日本で崩れたのは、記憶になお鮮明だ▼地震はどうにもならないが、被害は人間次第。それが寅彦の持論だった。必要なのは空疎な「神話」ではない。今回の教訓を生かした「実話」であろう。