ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 樹木への愛着
しばらく前のことだが、NHKの「みんなのうた」で『ねっこ君』という愉快な曲が流れていた。地中で踏ん張って大木を支える根っこの歌だ。切ってしまえば、桃栗3年柿8年、木がまた育つには長い時間がかかります――。掛け合いの歌声を面白く聞いた▼思い出したのは、仙台のケヤキ並木の「処遇」について先日書いたら、多くの便りをいただいたからだ。「切らずに残して」がほとんどだった。人が樹木に寄せる愛着のほどを、あらためて思った▼その割には、ほうぼうで簡単に切られることが多い。開発ばかりではない。近ごろは、薄暗い、目が届かないといった防犯上の理由で、公園や校庭の木が切られている▼『私たちは本当に自然が好きか』。問いかけをそのまま題名にした本を、塚本正司さんが著した(鹿島出版会)。住宅地の計画に長く携(たずさ)わった人で、冷遇される木々に心を痛めてきた。新緑、万緑と愛(め)でられる。その一方で、落ち葉が邪魔、虫が多い、など人の都合で厄介者にされてきたからだ▼桜に生涯をささげ、岐阜の荘川(しょうかわ)桜の移植を手がけた故・笹部新太郎も、樹木の生命を軽んじる人間の身勝手を憤った。植物は動物と違い、死ぬのと殺されることに区別を付けにくい。「木を殺す意味の漢字を一字だけ作ってほしい」と、たぎるような言葉を残している。塚本さんの思いにも通じるものがあろう▼『ねっこ君』の歌には、近ごろ森が少なくなったと嘆くモグラが登場する。一本の木に育まれる生命の多彩さにも思いをめぐらせたい。