ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 過労死と「お父さんへの手紙」
仕事が立て込む。さらに、あちこちから声がかかる。体がもたないなどと言いつつ、笑顔でこなそうとする。いつでも便利な「コンビニ記者」などと周りから呼ばれる、そんな青年が、昔いた▼仕事が、各人に完全に平均して課せられることは多くない。仕事の量と難しさに多少のデコボコがあるのが、世間の大方の職場だろう。しかし、それが限度を超えて続けば、健康や命にもかかわってくる▼東京都内の民間病院の小児科医師が、うつ病にかかって自殺したのは過労やストレスが原因だとして、妻が労災を認めるよう訴えた訴訟で、東京地裁がそれを認めた。多い時は、宿直が月に8回もあって睡眠不足に陥ったと認定し、自殺は過労が原因とした▼被告となった労働基準監督署の側は、発症の原因は小児科医個人の「脆弱(ぜいじゃく)性」と主張していたが、判決は退けた。人が、どれほど「脆(もろ)く弱い」のかを決めるのは難しいのではないか。数値にはなじまないし、本人が亡くなっているのだから▼90年2月、環境調査会社の男性が突発性心機能不全で亡くなった。40歳で、その頃は月に370時間も働いていたという。朝出勤する時、幼子が言った。「おとうさん、またあそびにきてね」。戸が閉まると母親にたずねた。「おとうさんのおうちはどこなの」(全国過労死を考える家族の会編『日本は幸福か』教育史料出版会)▼「おとうさんなんでしんだんだろうね。はたらいてつかれたの?……しゃしんにうつっているおとうさんほしい」。父あての手紙は、その死への幼く切ない問いかけだ。