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大学別「入試に出た天声人語」

ふるさとの言葉

古い方言辞典をめくっていると、豊かでユーモラスな言い習わしの数々に時を忘れる。たとえば、ある地方では、助産師(産婆)を「へそばーさん」と呼んだそうだ▼風呂は「どんぶり」。末っ子は「ひやめし」。外出好きな女性は「でべそ」。氷柱(つらら)を「ちろりん」と可愛く言う地方もある。多くはもう死語になっているかと思うと、残念な思いがする▼宮城県栗原市が市民憲章を制定することになった。方言で文案をつくったが、不評に頭を痛めている。〈眼(まなぐ) 光をにらみ……腹ん中 熱(あ)っつぐ熱(あ)っつぐ……おれらいま風を切って走る〉。これを市民にはかると、「東北の暗さが強調される」「田舎っぽい」といった否定的な意見ばかり目立ったそうだ▼「土地の暮らしと歴史がこもった言葉で独自性を」と、5人の制定委員は意気込んだ。方言学者からは「すばらしい」と励まされた。ところが、肝心の市民の胸には、あまり響いていないようだ▼〈ふるさとの訛(なまり)なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく〉と詠んだのは石川啄木である。寺山修司は〈ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲(コーヒー)はかくまでにがし〉とうたった。ともに東北地方の出身である。歌には故郷の言葉への、懐かしさばかりではない微妙な思いも感じられる▼ふるさとの言葉には、よそ者が辞典からは感じ取れない陰影が、張り付いているのかもしれない。栗原市はさらに市民から意見を聴くそうだ。よそ者としては、この憲章は、すてきな言葉の記念碑になると思うのだけれど。

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