ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > そうは問屋が許さない
首相の「職を賭す」発言を伝える新聞で、久しぶりの表現に出合った。政府高官のコメント「首相はルビコン川を渡った」である。過去の記事を調べたら意外に多くて、年に3、4回は紙面に登場している▼イタリアのルビコン川は、ローマに攻め上るシーザーが元老院令を犯して渡った史跡。転じて「後戻りできない決断や言動」の例えに使うが、日常会話にはまず出てこない▼文化庁の国語世論調査によると「そうは問屋が許さない」を使っている人が24%いた。そもそも、問屋の役割を知る人が減っているのだろう。正しくは「卸さない」だが、流通革命で問屋の立場は弱まり、卸さねば小売業者はメーカーや産地と直取引を試みるだけだ▼「出る釘(くぎ)は打たれる」は19%が使っていた。本来は杭(くい)だが、打たれる杭を見た人がどれだけいるか。元の史実や事物の通りが悪くなると、故事や慣用句は使いづらい。存亡の危機。どんな言葉も、誤用を含め、ちまたの会話に登場してこその命といえる。「使っている鍬(くわ)は光る」ともいう▼同じ調査で、書けない漢字を調べる手段を聞いた。「紙の辞書」に次ぐのは「携帯電話の漢字変換」だ。30代以下は携帯が首位、20代では8割を占める。慣用句に疎くても、機械と組んで「憂鬱(ゆううつ)」や「薔薇(ばら)」を平気で使う時代がきた。これで難字も生き残る▼作家の出久根達郎さんは「漢字を正しく書けることは、それほど重要でなくなるかもしれない」と語る。書くから打つへ、日本の手書き文化は、もうルビコンの向こう岸に近い。