ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 当代の口入れ屋
時代小説を読んでいると「口入れ屋」という稼業が時おり出てくる。奉公口や日雇いの仕事を斡旋(あっせん)する業者である。店に来る町人や浪人者の人物を瀬踏みしつつ、職をあてがう。小説のこと、情に厚い善人もいれば、腹の黒いのも登場する▼当節は代わって、人材派遣会社である。和紙に筆の時代と違って、日雇いの場合だと、携帯電話やメールで働き手を指図して派遣する。規制緩和の波に乗って、業界全体で大きく売り上げを膨らませている▼腹の「黒っぽい」業者もあるようだ。日雇い派遣者からの不透明な天引きが、業界あげての問題になっている。一度の勤務ごとに数百円。名目は「業務管理費」「データ装備費」などさまざまだが、使途ははっきりしない▼保険料だと説明されたのにケガをしても出ず、「詐欺」と怒る人もいる。厚生労働省は一斉指導に乗り出すことになった。全額返還を決めた大手もあるが、業界全体の総額は100億円を超すと見られる。ちりも積もればと言うが、取りも取ったりである▼〈搾取した金は善窃取した金は悪〉と、川柳家の井上剣花坊(けんかぼう)は詠んだ。昭和初期に川柳を「社会詩」と言った人だ。「搾取が善」とは無論、資本家への痛烈な皮肉である。ひそみに倣って、不透明な天引きをどんな種類の「取」とみなすべきか▼〈明日と云(い)ふ希望を暗い国に置き〉という、やりきれない句も剣花坊にある。日雇い派遣者には、低賃金に悩む若い世代も多いという。希望まで失うことのないよう、国にはきっぱりした姿勢がほしい。