ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 隣の車線は速いかな
明治生まれの大歌人斎藤茂吉は、正直な人だった。会食で鯉(こい)料理が出たときのこと、隣の膳(ぜん)をしげしげと眺め、鯉を替えてほしいと頼んだ。隣のが大きく見えたからだ。だが替えてみると、今度はそれが小さく見えてきて、また元に戻してもらった(『文人悪食〈あくじき〉』嵐山光三郎)▼茂吉ほどではないにせよ、隣の芝生は青く見える。お盆休みの今なら、「隣の車線は速く見える」だろうか。渋滞の中、あっちが速いと車線を変えたとたんに、動かなくなる。舌打ちした経験は、だれにでもあるだろう▼ふるさとや行楽地への行き来で、各地の高速道路は激しい渋滞だ。きのうは休みの折り返し点だったのか、午前中は下りで、夕方になると上りで、長い車の列ができた。そしてきょうがUターンラッシュのピークだという▼自然渋滞は、ささいなことで起きるらしい。東大大学院の西成活裕・准教授によれば、何かの拍子に一台の速度が落ちると、後続は次々にブレーキを踏む。その減速が連鎖して渋滞になるそうだ。防ぐには、最低でも40メートル以上の車間距離が必要だと、著書『渋滞学』で述べている▼急ぐ旅でも車間は詰めない方が、結局は早く着くのである。あっち、こっちと車線を変えるのも、渋滞に輪をかけるだけらしい▼自分が追い抜いた車はすぐ視界から消える。だが抜かれたときは、お尻を長く見続けることになる。それが、自分の車線は遅いと錯覚する一因だと、米などの大学が報告している。五十歩百歩と心得て、「隣の幸福」をねたまぬよう走りたい。