ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 本との出会い
お目当ての本を求めて古本屋に入っても、なかなか見つからない。むしろ、思いがけない掘り出し物がある。それが古本探しの楽しみと思っていたが、インターネットを利用するようになって、事情が変わった▼ネットで検索できる限り、世界中の古書のストックを調べることができる。先日も、35年前に出た東京裁判に関する英文の研究書を、米国の古書店から送ってもらった。仕事の面では大助かりだが、効率一本やりの本探しは、どこか寂しい▼古本でも新刊でも、店頭での予想外の出会いがほしい。かつて国際政治学者の岩間陽子さんが、恩師の故高坂正堯氏の思い出を、雑誌「アステイオン」(96年秋号)に書いていた▼ドイツに住んでいた岩間さんが、「ミュンヘンは歴史を学ぶにはよい街ですね。趣味の良い本がとりそろえてあるような、中くらいの本屋さんがあるので、ぶらぶらしていて楽しい街です」と言うと、教授は「あなたは運を信じていますね」と答えたという▼高坂氏の考えは、大きな書店でコンピューター検索で調べるのが正攻法ではあるが、中くらいの本屋が好きという人は運を信じているというものだった。「すべての本を読むには、人生はあまりに短く、歴史はあまりに複雑である」と師は語ったという▼確かに、本との出会いには運命めいたものがあるように思う。失恋、入試の失敗、親を亡くしたとき、不思議なことだが、慰めと勇気を与えてくれる本が、いつもどこからか現れる。人と同様、本との出会いも、効率では計れないものがある。