ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > タミフル問題とヒポクラテスの教え
はるか遠い古代には、病気は悪魔の仕業と考えられていた。4千年以上前のアッシリアの粘土板に、こんな呪文が刻まれているという。「頭の、歯の、こころの、心臓の痛みの病気よ……悪い精よ、悪魔よ……家から立ち去れ」(春山行夫『クスリ奇談』平凡社)▼医師は魔術師のような色彩が濃かったが、医学を科学として確立したのがギリシャのヒポクラテスだった。この「医学の祖」の時代から現代までに、医学、医療は大きな進歩をとげた▼その現代医療の現場が、一つの薬の使い方を巡って混乱しかねない状態に陥った。インフルエンザ治療薬「タミフル」を服用した10代の患者を中心に、飛び降りや転落といった異常な行動が指摘されている。厚生労働省は、原則として10代の患者には使わないこととしたが、10歳未満ならいいのかといった疑問や戸惑いが起きている▼日本では、昨年度に860万人がタミフルを服用したという。そのカプセルを飲んだひとりだが、確かに高熱が急速に治まった記憶がある。しかし今回のように、年齢で制限する事態になるとは思ってもみなかった。厚労省と製造・販売元は異常行動との関係を更に詳しく調べ、速やかに公表してほしい▼ヒポクラテスは「病を治すものは自然である」という説を立てたという。治療法として自然の回復力を重んじつつ、病人や症状についての注意深い観察の大切さを説いた▼ひとりひとりの患者の症状をよく診る。そしてその患者にふさわしい処方をすることを、現代のヒポクラテスたちには期待したい。