ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 現代の医の心得を問いかける
古代ギリシャの医師ヒポクラテスが述べたという。「人生は短く、術のみちは長い」。術は、医術を含む学術、技術を指す。「機会は逸し易く、試みは失敗すること多く、判断は難しい」と続く(大槻真一郎編『ヒポクラテス全集』)▼医学の祖とされる人物でも、というべきか、だからこそというべきか、人間の健康・生命とじかに向き合う医の道の深さ、難しさへの謙虚な述懐と戒めが感じられる。患者から医師への信頼が深まるのは、こうした態度が確認できた時だろう▼愛媛県宇和島市の宇和島徳洲会病院の臓器移植を巡る問題では、移植手術への疑念が広がる一方だ。執刀医の説明が覆されたことも一因だ。先月「これまでの移植は親族間だった」と述べていた。しかし、今月この病院が発表した、病気で摘出した腎臓移植のすべてが非親族間だった▼この執刀医は、親族以外での生体移植に厳しい条件を課す日本移植学会を脱退している。移植では患者の同意を得てきたといい、症例が集まる5年ほど後に雑誌などで発表する予定だったと述べた▼これには専門家から批判が出ている。「言葉を換えれば人体実験であり、それを行うには厳密な臨床研究遂行のための手続きが決められている。それなしに進める判断は、通常の理解を超えている」▼ヒポクラテスの「医師の心得」にこんな一節がある。「研究用にしてやろうという欲求などはもってのほかである」(『古い医術について』岩波文庫・小川政恭訳)。ヒポクラテスが、時を超えて、現代の医の心得を問いかけている。