ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 世界史と「人生の必修科目」
英国のジェーン・オースティンの小説で、若い女性が歴史について語る場面がある。「八分通りは作りごとなのでございましょうに、それがどうしてこうも退屈なのか、私は不思議に思うことがよくございます」。この言葉が、「歴史は現在と過去との対話だ」と述べたE・H・カーの著書『歴史とは何か』の扉に掲げられている(岩波新書・清水幾太郎訳)▼退屈な作りごとにせよ、過去との対話にせよ、歴史を知ることは、現在を考え、未来を思うためには欠かせない。人生の必修科目の一つかもしれない▼日本の高校で、世界史が必修になったのは94年だった。日本史など他の科目との絡みで議論があったが、若いうちから世界史を学ぶのは大切なことではある▼その必修の世界史を教えていないのに教えたことにしたり、教えたことにして県教委にうその報告をしたりしていた高校があることが、相次いで明るみに出た。このままでは卒業出来ないと知った生徒たちの衝撃は大きかっただろう▼問題の裏には、入試対策があるという。実際に受験する科目に絞って勉強したいとの気持ちが生徒の側に強いのは、分からなくはない。しかし、それを教える側までがやみくもに認めるのはおかしい▼受験まで数カ月しかない。履修には50分授業が70回必要だという。受験に絡まない勉強を受験の間際にするのは、つらいかもしれない。しかし、やるしかない。学校も全力をあげて生徒たちを支援するほかはあるまい。学習指導要領の定めが妥当なのかどうかは、いずれ検討するとしても。