ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 「アルベルト・ジャコメッティ――矢内原伊作とともに」展
日曜日、所用のあった横浜から葉山町まで足を延ばした。神奈川県立近代美術館葉山での「アルベルト・ジャコメッティ――矢内原伊作とともに」展(30日まで)を見た▼矢内原氏は哲学者で、父は東大学長を務めた矢内原忠雄氏だ。フランスに留学し、ジャコメッティのモデルを繰り返しつとめた。その時の彫像や絵が並ぶ。ほかにも、あの独特の針金のようにそぎ落とされた人体などが置かれている▼「彫刻は空虚の上にやすらう」。ジャコメッティがそう述べたと、詩人で仏文学者の宇佐見英治氏が『見る人 ジャコメッティと矢内原』(みすず書房)に書いていた。「じっさい彼のひょろ長い彫像は空虚から不意に出現して、またあらぬところへ消え去ろうとするかのように見える」とも記す▼その彫像に相対していると、消え去りそうで消え去らないものにも見えてくる。削りに削っていっても、決して零にも無にもならない人間の生を表しているような気がする。展示室の窓の外に、葉山の海が広がっている。手前に並んだジャコメッティの立像が海に浮かんでいるような、取り合わせの妙を味わった▼外へ出て海を眺める。『見る人』にはこんな記述もある。ジャコメッティや矢内原、イギリスの彫刻家が、地球がどんな形をしているかを議論した。彫刻家は「でこぼこしている」、矢内原は「丸い」と述べた。ジャコメッティは「地球は尖(とが)っている」と言った▼海に薄日が差している。かなたの水平線を見ながら、尖った地球の上で尖った像をつくり続けた人をしのんだ。