ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 医師と障害者という二つの人生
佐藤正純さんは北海道のスキー場で、スノーボードで転倒し、頭を強く打った。1カ月後に意識が戻り始めたが、人の顔もぼんやりし、まるで影絵の中にいるようだった。1年が365日であることも忘れていた。10年前、37歳の時だ▼佐藤さんは横浜の病院の脳神経外科医だった。視力と記憶の障害は脳が傷ついたせいだ、とすぐにわかった。傷ついた部分の治癒は望めない。脳の残った機能を高めるしかなかった▼しかし、退院して訪ねたリハビリ医は「これ以上、何をお望みですか」と言った。障害が深刻なことを率直に言ってくれた、と後に感謝するのだが、その時は、やれるものなら自分でやってみろ、と挑戦状を突きつけられた気になった▼点字図書館からテープ図書を借りた。妻や子どもと積極的に話した。記憶力が少しずつ戻ってきた。次は視力に頼らず読み書きをすることだ。パソコンの文字を読み上げるソフトの使い方を学んだ。もう一つは歩く訓練だ。山手線に1人で乗れた時には、感激のあまり涙が出た。事故から5年余りがたっていた▼不思議なことに、幼いころから親しんできたピアノは、事故の後も自然に指が動いた。佐藤さんは「障害を負っても、自分の人生がそこで途切れたとは思わなかった。過去の人生に現在を重ね着し、その人生が広がる。そう考えてきました」と語る▼いま医療の専門学校で医学の基礎などを教えている。医師と障害者という二つの人生。その経験を生かして、医療や福祉の世界でもっと役に立ちたい。それが次の夢である。