ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > マザー・テレサ死去 貧しい人々の救済にささげた生涯
カルカッタの街を歩いたことがある。足もとの砂地からにょっきり細い手が突き出た。もごもごと頭がのぞき、顔が見え、やせた裸の少年がはい出してきた。体の砂を払って、彼は手を差し出した。砂の中で息を詰めていた芸の見物料を、というのだった▼世界最悪の居住環境。国連の会議が悲痛な折り紙を付けたインドのこの都市で、マザー・テレサは生涯を貧しい人びとの救済にささげた。「あの人たちが一番求めているのは、あわれみではなく愛なのです」。繰り返し、そう説いた。八十七歳の誕生日を迎えたばかりの五日死去▼ローマ法王はカトリック放送で「二十世紀の歴史に大きな刻印を残した」と悼んだ。マザー・テレサが最近、枢機卿と交わした会話も紹介された。「あなたが天国で聖ペテロに会ったとしたら」と枢機卿。彼女の答え。「聖ペテロはこういうでしょうね。それにしてもテレサ、何てことをしたんだい。お前の貧しい人たちで、天国は大入り満員じゃないか」▼批判がないわけではなかった。妊娠中絶には絶対反対なのが彼女の立場だったが、米ハーバード大学で講演したときは激しいブーイングを浴びた。外科手術を必要としている患者に包帯を巻いているだけではないか、との指摘もあった▼彼女が主導する修道会は、政治への不干渉を旨とする。それは一方で、貧困をなくすための社会改革には積極的でない、ということでもあった。彼女自身「私たちのしていることは大海の一滴にすぎない」と語っていた▼ただし、一滴がたくさん集まれば世界を動かすことも可能かも知れない。一九四八年、彼女が活動を始めたときは一人だった。いま、波紋は世界に広がり、ノーベル平和賞も受けた。