ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 食欲の秋
今年も食欲の秋が巡って来た。思えば、今から60年前の終戦前後は、多くの人が食糧難に苦しんでいた。本紙・声欄に寄せられた投書を編んだ新刊『庶民たちの終戦』にも戦後の様々な出来事とともに、ひもじかった日々がつづられている▼国民学校の4年だった渡辺マツ代さんは、群馬・高崎から父の出身地の妙義山のふもとへ、祖父や姉妹と疎開していた。いつも腹が減っていて、沢ガニやカエルが貴重なごちそうだった▼ある夜、隣に寝ていたはずの祖父の姿が見えなくなった。やがて、戸板に乗せられて帰ってくる。裏山のがけから落ちて死んだらしい。冷たくなった祖父の右手に親指大の小さなサツマイモが握られていた。「孫たちに食べさせたいと思ったのでしょうか」▼占領軍の残飯捨て場に、鍋を手にした女性たちが群がっていた。当時17歳だった金武聖子さんは、情けなくて歯ぎしりしたという。「子供に分け与えていたのだろう。今なら母親の愛と強さなのだと、しみじみ感じることができる」▼水澤間津男さんは、家に猫が迷い込んできた時のことを書いている。飼う余裕はなかったが、よくネズミを捕るので置くことにした。ある日、猫が牛肉の塊をくわえて来て、どこかに行ってしまう。肉をどうするか。結局、一宿一飯の恩義を感じた猫が持ってきたのだからと、家族でありがたく頂戴(ちょうだい)する。「猫の獲物を『ネコババ』する衣食足らざる時代の、思い出とも言えぬミミッチイ話である」▼今この国では、食品のざっと3割弱が、残飯となって捨てられている。