ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 法隆寺
雷雨のなか、法隆寺を訪れたことがある。やがて晴れ上がった。目の前の西院伽藍(がらん)は、あたかも再生をとげたかのようなみずみずしさを見せていた。この古寺は幾たびの「再生」を繰り返してきたことか。そんな感慨にも襲われた▼そのときも日本書紀の「夜半之後(よふけてのち)に、法隆寺に災(ひつ)けり。一屋(ひとつのいへ)も余ること無し。大雨(ひさめ)ふり雷震(いかづちな)る」という描写を思い浮かべた。100年ほど前から論争の的になってきた記述だ。法隆寺は書紀にある通り670年に全焼、再建されたのかどうか▼70年代なかば、古代美術史家の上原和さんは書紀の記述についてこう書いた。「簡潔な記事ではあるが、その簡潔さゆえに、かえって劫火に燃えさかる、暁(あかつ)きの法隆寺炎上が、この眼に見えてくる。一屋も余すことなし、という表現は、法隆寺全焼のすさまじさをいいえて余すところがない」(『斑鳩の白い道のうえに』朝日選書)▼創建時のものとみられる若草伽藍の発掘そして現在の伽藍の年代測定なども加わって再建説が有力になってきた。こんど、高熱で変色した壁画片が見つかったことで焼失・再建説がさらに補強された。といっても「世界最古の木造建築」の座は揺るがない▼法隆寺の災害年表を見ながら、それにしても、と思う。火災、地震、台風、落雷の被害に何度遭ったことか。痛恨は、戦後まもなくの金堂火災だった。貴重な壁画が焼損した。〈いかるがの寺の棟(むね)よりくれなゐに炎のなびく世にぞ逢ひける〉吉野秀雄▼古代斑鳩の空を赤く染めたであろう法隆寺炎上を詠んだ歌は見つかっていない。