ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > ニホンオオカミ
99年前に絶滅した。正確にいえば、1905年に奈良県東吉野村で捕獲されて以来、人前に姿を見せたことがない。だが、ニホンオオカミは本当にいなくなったのか。27日の日本古生物学会で発表された過去最大という頭骨の写真を見ながら、絶滅動物について思いを巡らせる▼2年前に埼玉県大滝村で催されたフォーラム「ニホンオオカミのその後」では、目撃談や遠ぼえを聞いたといった体験談が語られた。この地では、カナダの森林オオカミの遠ぼえのテープを山中に流し、オオカミをおびき寄せようとしたこともある▼柳田国男の関心事でもあった。昭和初期、私は「絶滅論者」ではない、と書き記している(「狼のゆくへ」)。生存説にくみするかのようだが、結論はそう明快ではない。わかっている事実があまりに少なく、「このまゝ永遠に知られずに終りさうな気もする」と予感を書きとめた▼オーストラリアではいま、クローン技術を使った絶滅動物の「再生」計画が進められている。68年前に絶滅したとされるタスマニアン・タイガー(和名フクロオオカミ)の保存標本からDNAを抽出、一部の複製にも成功した▼「再生」は、ニホンオオカミと戦後混乱期を生きる少年少女とを重ね合わせた津島佑子さんの小説『笑いオオカミ』(新潮社)のテーマでもあった。オオカミは「いまの日本が失ったものの象徴」であると同時に、現代社会を「再生」させる生命力を示してもいる▼5年前、奈良県東吉野村に句碑が建てられた。〈絶滅のかの狼(おおかみ)を連れ歩く〉(三橋敏雄)