ホーム > 大学別「入試に出た天声人語」 > 「砂の文化」
砂といえば、はかないものの象徴のように見られる。砂の上にものを描く。風や波で消えていく束(つか)の間の営みでしかないだろう▼砂に描く高度の技術を伝承してきた島があることを知って興味をそそられた。南太平洋の島国バヌアツである。80年に独立した人口20万人ほどの共和国だ。そこには砂の上にものを描く専門家がいる。人さし指一本で、一筆書きのように美しい幾何学模様を描く。模様には、さまざまな意味が込められる▼たとえば宇宙の始まりが物語られる。動物たちをめぐる神話もあれば、共同体をめぐる秘密やおきてもある。魔術が描かれることもあれば、科学的知識も入り込む。人々が蓄積してきた記憶の倉庫なのだ。砂上絵師は、芸術家であり、宗教家であり、科学者でもある。100近くの言語に分かれている地域だけに、共通言語をつかさどる役目もあった▼強固で永続するものを尊重する文化とは少々違う。「石の文化」といわれる西欧から見れば、いや「木の文化」の私たちから見ても驚きだ。この「砂の文化」が去年、ユネスコの「無形遺産の傑作」の一つに選ばれた▼三好達治の詩「砂の砦」を思い浮かべる。「私のうたは砂の砦(とりで)だ/海が来て/やさしい波の一打ちでくづしてしまふ」の一節を繰り返す。だが「こりずまにそれでもまた私は築く(中略)この砦は砂の砦だ/崩れるにはやく/築くにはやい」▼いかに強固でも一度消えたら元に戻らないものもある。消え去ることを恐れず、持続することの強さがあることを「砂の文化」は教える。