ホーム > 大ヒ熊教授の実力テスト > クマでもわかる!小論文講座 > 障害者や、精神病になったことのある人の自立支援について
『朝日新聞』07年3月20日付 「社説」より「やっぱり気兼ねがなくていいね」。退院して初めて自分だけのアパートで一夜を過ごした男性(65)は、そう言って笑顔を見せた。近島勇さん(61)の胸にも喜びがこみ上げた。
統合失調症の男性は、症状が安定しているのに家族の反対で退院できなかった。入院は22年9カ月にもなった。
一生病院からは出られない。そうあきらめかけたころ、退院を支援する大阪府の事業を知った。院長の勧めで応募し、近島さんを紹介された。近島さんは自立支援員で、患者が退院して地域で暮らし始めるまで手助けする。
近島さんも35歳で統合失調症を発病し、自宅療養をした経験がある。患者の悩みや不安がよくわかる。毎週1回、面会に通い、話をした。信頼関係ができると、病院の外で一緒にさまざまな経験を積んだ。スーパーで買い物をし、銭湯に行き、回転ずしを食べた。
アパートを見つけ、家具もそろえた。1年半をかけて退院にこぎつけた。
こうしたマンツーマンで退院を支援する事業は、大阪府では2000年から始まり、これまでに134人が退院している。病院側の意識も変わり、患者の退院を後押しする例が増えている。
日本の精神科病棟には約32万人が入院している。入院患者の数だけでなく、入院期間も世界一、長い。少なく見積もって約7万人が、地域に支援の態勢がないために社会的入院を続けている。そうした人たちについて、厚生労働省は5年かけて退院してもらう計画だ。
ところが、その手だての一つとして新年度から設けようとしている「退院支援施設」に問題がある。精神科の病棟を改築し、日常生活の訓練などをする施設に転換しようという構想だが、新しい施設は病棟と同じ4人部屋でいい。患者はこの施設に移れば「退院」とみなされる。
これには当事者や支援団体が強く反対している。病院の敷地内で営む暮らしで身につけられることは限られているからだ。患者の社会復帰を本気で考えるなら、地域で経験を積む方がいい。
精神病になったことがある人を地域で支援するのは自治体だ。大阪府立大学大学院生の三浦惟史さん(24)が都道府県と政令指定都市を対象に調査したところ、8割が退院の支援に前向きだった。しかし、課題として7割が「支援システムや地域ネットワークの未成熟」をあげ、半数が「予算不足」を指摘した。
病院が病棟を支援施設へ転換した場合、厚労省は1件につき約1億円の補助金を用意している。
厚労省はかつては大阪府の退院支援事業をモデルとして、29の都道府県へ広げてきた。いま力を入れるべきなのは、この支援事業を拡大することであり、中途半端な施設をつくることではない。
自治体と協力して地域で人を育て、患者が安心して退院できる支援態勢を整える。それがなければ、新しい施設で形を変えた入院がつづくだけだ。