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大ヒ熊教授の実力テスト

クマでもわかる!小論文講座 解答と解説

解答作成のツボ

現状の「尊厳死」や終末期医療の問題点を押さえながら、終末期医療はどうあるべきかについて自分の考えを述べること。

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出題のねらい

ねらい

本人の意思であれば終末期における延命治療は中止してもよいか、尊厳死を法律で認めるべきかなど、終末期医療をめぐる課題は多い。命の尊厳や自己決定権などの視点から考察を深め、終末期医療はどうあるべきかを考えて欲しいクマ。

出題者が要求していること

ポイントは次の2点。

(1)資料文を把握する…
筆者が終末期医療はどうあるべきだと考えているのかを読み取る。
(2)自分の意見を述べる…
筆者の主張を踏まえて、終末期医療のあり方について自分の考えを述べる。

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解答までの考え方

記事の論点をつかもう

筆者が「終末期医療」はどうあるべきだと考えているかを記事から正確に読み取ろう。

ポイントは以下の通りである。

  • 緩和ケアの技術を進歩させ、短い期間をできるだけ苦しみなく過ごせるよう、世話し見守っていればよい。
  • 負担をかけるからと死を決定する患者の意思を、本人の意思の問題として周囲の者が容認するのではなく、患者本人の気持ちを受け止めつつも、なお生きることを支えるべきである。
  • 患者の世話や経済的負担を家族に押しつけず、物と支える人によって、人がどんな時にも生きられる社会にするべきである。

なお、筆者は「終末期」は一般的に次のようにとらえられていると述べている。

  • 人工呼吸器を着けた状態が苦しい、悲惨だという思い込みがある。
  • 終末期を想像して、見苦しく、生きる価値もなく、周囲に負担をかけると思う。
  • 「機械につながれた単なる延命」と否定的にとらえる。
  • 世話する家族など周囲の経済的、身体的負担が大きい。

筆者は、実際には知りえない終末期の状態を想像でこのように否定的にとらえるのではなく、患者が亡くなるまでの期間を支え、どんな時も生きられる社会にするべきだと主張していることを押さえるクマ。

解答作成上のツボを押さえよう

まず、終末期医療の現状やその問題点を明確にした上で、終末期医療はどうあるべきかを述べよう。例えば、次のような点を押さえておきたい。

  • 終末期においては、本人の意思が確認できれば、患者を苦しめるだけの延命治療はやめて、苦痛の緩和ケアを優先するという考え方が医療現場では主流になりつつある。
  • 自己決定権の観点から、患者本人の明確な意思表示があれば、延命治療を中止し「尊厳死」を認めるべきだと考える人が増えている。
  • 「尊厳死」を認める条件を法律で定義しようという動きがあるが、反対意見もある。
  • 終末期における患者は、意思表示ができないことも多い。延命治療の中止を事前に意思表示する(リビング・ウイル)制度があるが、実際に終末期になったときの気持ちは事前にはわからない。
  • 尊厳死を容認した家族でも、実際に患者が亡くなるとひどく後悔するケースがある。

なお、医学部志望者は、医師として(医学を志す者として)、患者の尊厳死をどう考えるかという視点や、最後まで治療を続けるか、延命治療は中止するかという視点から考察する必要があるクマ。

自分の意見をまとめよう

終末期医療のあり方についての筆者の主張に、賛成、または反対(一部反対を含む)の立場から意見を述べることになる。賛成の場合は、終末期医療の具体的な問題点を指摘するなどして、自分なりに論を深める必要がある。反対の場合は、主張のどの部分になぜ反対なのかを明確にして論じよう。

解答例は、筆者の意見に賛成の立場から「終末期においては、医師や家族はできる限り痛みを和らげる治療やケアを行い、患者が最期までその人らしく生きることを支え、安らかな死を迎えるのを見守るべきである。それこそが、医療現場において人間の命の尊厳を守ることである。」という主張だクマ。

違う視点で解答をまとめる場合は

苦痛緩和のケアにも限界があり、耐え難い苦痛を伴う場合があることや、自己決定権の視点から、終末期における患者本人の意思を尊重し、尊厳死を認めるべきであるという論が考えられる。現状では安易に延命治療の中止が行われる危険性があり、本人の意思の確認が難しいからこそ、法律できちんとした条件を定義するべきだという主張も可能であろう。ただし、いずれの場合も、本人の意思確認をどのような形で行うかなど、問題を解決する方法を提示する必要があるクマ。

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解答例

終末期、すなわち「余命いくばくもない」という状況においては、自己決定権の観点から、患者本人の意思が明確であれば、延命治療を中止し「尊厳死」を認めるべきだと考える人が多いと言われている。しかし、単に「本人の意思だから」という理由で安易に治療を中止し、患者の死を認めるのであれば、そこには大きな問題がある。

まず、本人の意思の確認の難しさが挙げられる。終末期における患者については、資料文にもあるように、患者自身の意識がないことも多く、患者が本当に延命治療の中止を望んでいるのか確認できない場合が多い。事前に意思表示があったとしても、あくまでも元気なときの意思であり、筆者が言うように、終末期は「事前には分からない状態」である。実際に終末期になったときの気持ちはそれまでの思いとは異なるかもしれないのである。さらに、本当はまだ生きたいと思っていても、家族の負担を考えて、患者が尊厳死を求める場合も考えられる。

また、生死に関する「自己決定権」という考え方にも疑問がある。人間の命は自分一人のものではない。人間は家族や友人などが相互に支え合って生きている。命は自分のものであると同時に、そうした親しい人と共有しているものではないだろうか。回復の見込みがないからといって、自分で自分の死を決めてよいわけではないだろう。実際に、尊厳死を容認した家族が、患者の死後に後悔の念にさいなまれる場合もあると聞く。

もちろん、患者を苦しめるだけの延命治療をただ続ければよいというのではない。終末期において、医師や家族はできる限り痛みを和らげる治療やケアを行い、患者が最期までその人らしく生きることを支え、安らかな死を迎えるのを見守るべきである。それこそが、医療現場において人間の命の尊厳を守ることであると考える。

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