朝日新聞社の受験生応援サイト! asahiguma.com

ホーム  > 大ヒ熊教授の実力テスト  > クマでもわかる!小論文講座  > 「終末期医療」のあり方について

購読のお申し込み
朝日新聞
Power Up

大ヒ熊教授の実力テスト

クマでもわかる!小論文講座 今回の小論文

【問題】
本文を読み、「終末期医療」のあり方について、あなたの考えを800字以内で述べよ。

終末期という言葉は余命いくばくもない状態を指す。ならば急ぐことはない。その短い期間をできるだけ苦しみなく過ごせるよう、世話し見守っていればよい。日本の医療は苦痛緩和が下手だが、うまくなってもらえばよい。

そういう状態が長く続くならそれは本当の終末期ではない。別の状態だ。植物状態などと呼ばれる遷延性意識障害の状態が問題にされるが、どんな状態か、外からは分かりがたい。状態は多様で変化もする。回復を見せることもある。脳死の議論はそれなりに慎重だったのに、もっと微妙な状態を、尊厳や本人の意思の問題であっさり片付けてしまうのはおかしい。

意識がないなら本人は苦しみも感じないだろう。ゼロか、何かかすかにでも感じているか、状態が良くなるかのいずれかだ。いずれでも本人にとって悪いことはない。

他方、意識があればどうか。人工呼吸器を着けた状態が苦しい、悲惨だと言われるが、それは思い込みだ。息が苦しければ身体もつらく、気もめいる。実際に目の前が暗くなる。自発呼吸が次第に難しくなる筋萎縮性(きんいしゅくせい)側索硬化症(ALS)の人たちの手記には、人工呼吸器でどんなに楽になったかが書かれている。

それでも、本人が死んでもよいと言うのだからよいと言うのだろうか。その決定は、本人も事前には分からない状態を想像しての決定だ。自分のことは自分が一番よく知っているから、本人に決めさせようと私たちは考える。しかし私たちは終末の状態を実際には知りえない。そして実際に知った時には、気持ちが変わったことを伝えられない状態や、眠っているような状態の場合もある。

なぜ知りえないことで、しかもその時の本人の状態が悪くはないのに前もって決めるのか。見苦しいと思い、生きる価値がないと思い、負担をかけると思うからだ。「機械につながれた単なる延命」と否定的に語られてばかりだが、機械で生き延びるのは悪くはない。動けなければ動けない、働けなければ働けないで仕方がないではないか。

負担をかけると思うから早めに死ぬと言う。そんな思いからの決定を「はいどうぞ」と周囲の者たちが受けいれてよいか。自殺しようとする人を、少なくともいったんは止めようとするではないか。なぜ終末期では決定のための情報を提供するだけで、中立を保つと言うのだろう。しかもその理由は周囲の負担だ。それをそのまま認めることは、「迷惑だから死んでもらってよい」と言うのと同じではないか。それは違うだろう。本人の気持ちはそれとして聞き受け止めた上で、「心配しなくていい」と言えばよい。

家族には簡単にそう言えない事情がある。実際に本当に大変だからだ。しかし言えないなら言えるような状態にすればよい。世話のこと、お金のことを家族に押し付けないなら、それは可能だ。

尊厳死は経済の問題とは関係なく、あくまで本人の希望の問題だと言う人もいる。しかし、意思の尊重と社会の中立を言いたいのなら、どんな時も生きられるようにするのが先だ。でなければ金の問題に生き死にが左右されてよいと認めていることになる。

物があり、支える人がいれば、人は生きていける。物はある。少子高齢化で支える人がいなくなると言う人もいるが、そんなこともない。この社会は亡くなるまでの数日、数月、数年を過ごしてもらえない社会ではない。

『朝日新聞』06年4月21日付 三者三論「生き延びるのは悪くない」立岩真也氏の文章より

ページの先頭へ