ホーム > 大ヒ熊教授の実力テスト > クマでもわかる!小論文講座 > ネット社会での報道において新聞が果たすべき役割について
『朝日新聞』05年10月15日付 「社説」より既存のマスメディアが、時代変化の荒波に揺れている。TBSに経営統合を提案した楽天。フジテレビに挑んだライブドア。いずれもインターネット関連の新勢力だ。
日本がネット社会になったのは、もうだれの目にも明らかだ。そのただ中で、新聞は今後、どう進むべきか。新聞週間を機に考えてみたい。
19世紀に書かれた福沢諭吉の『西洋事情』。その「新聞紙」の項を開くと、こんなことが書かれている。
--新聞紙は会社ありて新しき事情を探索しこれを記して世間に布告するものなり。すなわちその国朝廷の評議、吏人の進退、学芸日新の景況……逐一記載して明詳ならざるはなし。ゆえに一室に閉居して戸外を見ずといえども、新聞紙を見れば世間の情実を模写して一目瞭然(いちもくりょうぜん)、西人新聞紙を読みて食を忘るというもむべなり。新聞紙の報告は速やかを趣意とし、議論公平を趣旨とす。
ここで諭吉が描いたのは、今日でいう「報道」の役割である。20世紀に入ると、その一部をラジオが、次いでテレビが分担した。さらに21世紀に入って、インターネットが広まり、国会審議を「傍聴」したり、政府の白書などもダウンロードしたりできるようになった。
こうしたインターネットの特性を生かそうと、個人はもちろん、企業や官庁、そして新聞などのメディアも、活用に努めている。新聞社のサイトでは、新しいニュースがいち早くアップされ、大量の人事情報などは、記事の末尾に「詳しくはこちらで」と自社サイトを示すようになった。
いま、世界的に広がっているのは、「ブログ」と呼ばれるネット上の個人的な「日記」だ。人気ブログには多くの人が集まり、「ブログジャーナリズム」という言葉も生まれた。ネットならではの報道形態が育っているともいえる。
専門分野では、ネットでの情報交換が既存メディアの記事を質的に超える場合もある。ネット上の「草の根ジャーナリズム」の発展への期待は強い。
ただ、「草の根」では取材しにくい場所もある。政治の内側などは、職業的な記者が張り付いて「探索」しないと、表に出ないこともある。ネット上の匿名情報には正確性に不安がつきまとう。
一方、当事者の話だけでなく、事実の裏付けを取ろうとする新聞記者の職業倫理は、報道内容の正確性や「議論の公平」の基礎をつくってきた。
この点で私たち朝日新聞は、虚偽メモ問題など、あってはならない事件を起こした。それが新聞全体の信頼も傷つけたことが残念でならない。その反省を心に深く刻んでおきたい。
当面、新聞とネットは競い合い、補完し合って進むだろう。その中で新聞に期待される役割は「世間を一目瞭然に」編集するニュース価値判断の力だろう。ネット社会の一員として、その役割を果たしていきたい。